明日をへぐる ドキュメンタリー映画 監督 今井友樹 シグロ作品

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監督コラム「記録は未来のためにある?」後半

ドキュメンタリー映画『明日をへぐる』の制作のため、高知県いの町吾北地区を訪れた今井監督。カメラを回し続ける中で何を感じたのでしょうか。

取材で最初に出会ったのは、楮をへぐる90代の女性たちだった。彼女たちは、皮に刃先を当てて、何度も何度も外皮を削り落としながら、白い繊維質の部分だけを残していく。このへぐり作業は、機械では出来ない。1枚1枚を丁寧に手作業で行う必要がある。

僕はへぐり作業を見ながら、不思議に心地良くなっていくのを感じた。女性たちの手わざはあまりに手際よくて無駄がない。女性たちは実に優しく刃を当て、外皮もまた抵抗なく剥がれていくような感じ。一人一人リズムも違うし、作業スピードも人それぞれ。

一人一人の佇まいがとても美しい。いま僕が目撃している女性たちの作業は、彼女たちだけが習得したわざではなく、世代を越えて受け継がれてきたであろう山里の暮らしそのものが凝縮しているかのようだった。

また、彼女たちは、手を動かしながらも口を動かすことを忘れない。一つの皮をへぐるのに3分から5分ほど。自分の体験談や先輩から聞いた話など、100年以上に及ぶ山里の暮らしが止めどなく語られる。へぐるたびに、山里の歴史(真実)がよみがえる。

山里の人たちが守り育てへぐった楮は、千年以上の耐久性があると言われている和紙へと生まれ変わる。そういう人間の人生よりもはるかに長い時間軸と、彼女たちが楮をへぐる時間が、とても意味深いものに思えた。

自分を含めた現代人の時間の物差しがあまりに短いことを思い知らされた。効率や利便性の物差しでは、へぐりは“役には立たないもの”と測ってしまうだろう。はたして僕たちの暮らしを削り取ると、何が残るのだろうか?残った真実はいったい何なのだろう?

今回、僕自身にとっての初めての試みは、①自分でカメラを回す、②これまでの民俗的な記録姿勢から離れる、③エンターテイメント性を探る、の3点だった。そういう意味では、大いに悩み、そして大いに楽しんだ。

いつのまにか、楮栽培という素朴で手の抜けない地道な作業を暮らしのなかで営んできた人々の姿が、単に消えゆく姿としては見れなくなっていた。豊かさとは、いったいなんだろうか。現代社会の方こそ、豊かさの虚像でありやしないか。

『明日をへぐる』の取材を通して、僕ははじめて記録作業は「未来のためにある」と素直に思えるようになった。僕には大きな励ましとなった。今度は記録を通して励ましていかねばならない。とはいえ記録することの意味の“答え”を、僕はまだ問い続けている。 (終)

【監督プロフィール】
今井友樹(いまい ともき)
1979年岐阜県東白川村生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、日本各地の基層文化を映像で記録・研究する民族文化映像研究所に入所。所長の姫田忠義に師事しながら映像制作にかかわる。現在はフリーランスとして主に民俗や伝統文化の記録活動に携わっている。

『明日をへぐる』
2021年/73分/ドキュメンタリー
ポレポレ東中野ほか、全国順次公開
上映情報はこちら


(ポレポレ東中野)
上映:9月11日~終了日未定
時間:各日10:00~、14:40~
★1回目の上映終了後に監督とゲストによる舞台挨拶を毎日開催!
https://pole2.co.jp/news/46a5d5a9-92f2-4200-9e58-1a1bf09dac53

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